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デジタル情報革命の潮流の中で

 ~インターネット社会実現へ向けての60年自分史~

藤原 洋

本体価格: 1600円+税


判型:四六 /並製
ページ数:240
ISBN:978-4-7572-2367-7
ASIN:4-7572-2367-6

村井純(慶應義塾大学環境情報学部学部長)氏推薦
“「Year To Be Born」, ゲイツやジョブズと同世代の日本の少年が「好きなこと」と「やるべきこと」を綴った60年史。
やるなぁ、藤原洋!”

目次

Table of contents

序章 「放浪」の旅の始まり
 藤原少年、学に志す
 天文少年、京都大学理学部へ
 「放浪」の旅の始まり

第1章 デジタル情報革命下の職業選択
 IBM入社三カ月半でプータロー生活へ
 京都から日立へ。工場で下働き
 信じられないミッション
 上司へ直訴「下働きはしますが、設計の仕事もさせて下さい」

第2章 初めてのITエンジニアとしての仕事
 DEC社追撃へ。過酷を極めたスーパーミニコン開発プロジェクト
 ITエンジニアとしての初めての仕事
 六人の侍の一員
 原子力制御のデジタル化「デジタルがわかるのは君だけだから」
 日立技術研修所で通信ネットワークについて猛勉強
 二十七歳。日本代表として初の海外出張へ

第3章 ベンチャービジネスへの扉
 社内ベンチャーに挑戦
 LAN製品の開発成功
 「フィールドネット」がベストセラーに
 ベンチャー起業家の元祖、西和彦氏からの電話

第4章 ベンチャービジネスの元祖アスキーへ
 パソコンの天才西さんとの出逢い
 「アスキーに来て通信事業を」という誘い
 悩み抜いた日々
 決断
 ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズに会う
 最初に降ってきた仕事

第5章 西さんの先見の明と一気に広がったネットワークの世界
 パソコン通信
 専門家から広帯域通信について学ぶ
 幻に終わった最初の仕事
 世の中を変えるのは自分でありたい
 データキャスティング(パソコン放送)
 カナダに半年間滞在。データ放送の最先端技術に触れる
 CATVデータ放送研究会
 国家的プロジェクトの調達受注に成功
 大きな達成感と貴重な収穫

第6章 稲盛さんの思い出と世界との動画像圧縮技術開発競争
 京セラとの共同プロジェクト
 セレモニー前日の思わぬトラブル
 TV会議、成功裏に終了
 稲森さんの人心把握力
 動画像圧縮技術の自主開発
 総額約十五億円。政府出資のGCT社設立
 七歳年上の人々が「部下」に
 難局を打開する道
 米ベル通信研究所でプレゼンテーション
 米ベル通信研究所との共同研究
 世界初のITU-T H.261準拠の完全半導体チップセット完成
 TV会議装置のベストセラー機種に
 九六年一月、工学博士号を取得

第7章 テレビ画像のデジタル化への挑戦とMPEGとの出逢い
 テレビ画像の標準化に向けて
 MPEGの第一回会合開催へ
 5カ国語に堪能なイタリア人のキャリリオーネさん
 MPEGのロードマップ
 VTR録画品質(MPEG1)の方向固まる
 総額五〇億円。GCL発足
 楽しみだった取締役会
 MPEG2のアルゴリズム最適化と半導体チップ開発に注力
 放送方式の標準化
 日本の行方の鍵を握るのは?
 アナログか、デジタルか?
 郵政省小林課長と渡辺課長補佐への約束
 デジタルハイビジョン放送へ
 世界で最も利用されているデジタル放送方式
 集大成の書がベストセラーに

第8章 ベンチャービジネスの元祖アスキーで起こったこと、学んだこと
 アスキーを見舞った大きな変化
 成長と分裂
 マイクロソフトの日本法人
 「仲間から離れるならアメリカ人になりなさい」という母の言葉
 孫正義さんとの出逢い
 アスキーの第二創業期
 アスキー上場
 成長戦略の思わぬ躓き
 対立、分裂
 バブル崩壊、資金難
 六銀行協調融資で危機脱出
 三十八歳、アスキー取締役に選任される
 未曾有のパソコンブーム。アスキーは急速に業績回復

第9章 アスキーでの最後の仕事とインターネット・ベンチャーの起業
 新生アスキーを目指して世話人会発足
 お家芸勃発
 西さんに社長退陣要求
 騒動の仲介役に
 事業部長たちとの対話
 「特別背任」というリスク
 全社集会はヤジと怒号の嵐
 小島さん、小笠原さんとの再会
 アスキーの灯
 ベンチャービジネスのダイナミズム
 インターネット・ベンチャーを起業

第10章「インターネット・ベンチャーIRI起業の本当の理由
 インターケーブルネット構想郵政省から調査団団長就任の要請
 大和田廣樹さんとの出逢い
 「一緒に社会を変えよう!」と意気投合
 ICN:インターケーブルネット構想
 マルチメディア時代
 ICN研究所スタート
 ICNの初期スタッフを確保
 頓挫
 起業
 メインバンク興銀が出してきた条件
 インターネット総合研究所(IRI)誕生
 この会社を上場させよう
 IRIの企業理念
 村井純さんと出逢って十年
 日本インターネット・エクスチェンジ(JPIX)設立
 安定収入。そして一気に高まった企業ブランド価値
 電話会社が一斉にISPサービスに参入

第11章 創業三年東証マザーズ第一号上場へ
 ベンチャー企業の三つのフェーズ
 資金繰り
 危機を脱出
 豪華な顔ぶれの株主
 データセンター設立構想
 孫さんからの誘い
 東証マザーズ上場。総額117億円を調達
 上場資金の使途
 株式会社ブロードバンドタワー誕生
 単年度黒字達成
 IRIユビテック。下請けから提案型企業へ
 連邦型独立経営
 IRIグループの急成長
 ベンチャーキャピタル冬の時代の優等生
 待ち受けていた重大な試練

第12章 東証上場の落とし穴。IXI事件そして再挑戦へ
 東証二部上場企業の買収提案
 IXI事件
 IRI上場廃止通告
 上場企業を偽装し続けたIXIの大罪
 株価は急落
 オリックスグループへ「最悪の事態での最善策になる」
 最後の株主総会
 オリックスグループの子会社に
 社会貢献に注力
 少年時代からの宇宙・天文学への想い
 精神的な故郷・鳥取県
 慶大発自動車ベンチャー設立と鳥取ガイナーレ支援
 再挑戦。危機は乗り越えるためにある
 ようやく戻ってきた三社
 五年ぶりの復帰。そして第二の創業
 危機は乗り越えるためにある

終章 インターネット前提社会の確立に向けて
 三十歳。重要な幾つもの出逢い
 四十歳。インターネットとの出逢い
 起業
 五十歳。無念の極みの体験
 二人の「還暦少年」
 第一の流れ「エネルギーの未来」
 第二の流れ「自由化」
 第三の流れ「新産業創出」
 新産業創出に果たすべきベンチャーキャピタル(VC)の役割
 今後、私が取り組むべき三つの課題
 インターネットの役割は無限にある
 インターネットによる社会インフラの統合
 インターネット前提社会の確立に向けて

その他情報

Other Information

【著者プロフィール】
藤原 洋(ふじわら ひろし)
株式会社ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO
株式会社インターネット総合研究所 代表取締役所長
 1954年福岡県生まれ。1977年京都大学理学部卒業。東京大学工学博士(電子情報工学)。
日本アイ・ビー・エム(株)、(株)日立エンジニアリング、(株)アスキーを経て、動画像符号化方式の研究・標準化活動を行ないMPEGの創設に参画後、1996年12月、インターネット技術に関する研究開発企業(株)インターネット総合研究所を設立。同社代表取締役所長に就任、現在に至る。2005年宇宙・環境エネルギーベンチャー(株)ナノオプトニクス・エナジーを設立。同社取締役会長。2012年4月、(株)ブロードバンドタワー代表取締役会長兼社長CEOに就任。
 現在、(財)インターネット協会 副理事長、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授、慶應義塾大学大学院プロジェクト研究教授、SBI大学院大学副学長を兼務。2009年10月総務省ICT政策タスクフォースメンバー、2010年4月大学共同利用法人自然科学研究機構経営協議会委員、2011年4月独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学評議会評議員、2011年11月総務省新事業創出戦略委員会および研究開発戦略委員会合同ワーキンググループ基本戦略ボードメンバー、2013年12月総務省ICT新事業創出推進会議構成員、2014年1月電波政策ビジョン懇談会構成員に就任。
【代表著書】1998年『ネットワークの覇者』日刊工業新聞社、2009年『科学技術と企業家の精神』岩波書店、2010年『第4の産業革命』朝日新聞出版 他多数。