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歌舞伎ッタ!

中村 勘九郎

本体価格: 1800円+税


判型:四六判
ページ数:256
初版年月日:1999/12/01
ISBN:4-7572-0584-8
ASIN:4757205848

「新時代の歌舞伎のカタチ、“歌舞伎ッタ”が21世紀を席巻する!?」オペラにオペレッタがあるように、当代一の花形役者・中村勘九郎が新世紀に向けて放つ「歌舞伎ッタ」。『元禄繚乱』収録秘話から、友人・家族への愛……。1997年から3年間におよぶインタビューをまとめた「僕の3年間の冒険」の書。「久世光彦が語る勘九郎」付き。

目次

Table of contents

・世界は一つ—イッツ・ア・スモール・ワールド
・太陽と、月と、サボテンと…アリゾナ・ドリーム
・芝居のココロ(はじめの一歩
・実録コクーン歌舞伎)
・ミレニアム・プロジェクト—おまえにパラダイス
・歌舞伎は勘九郎—1996年〜99年出演作
・内蔵助がゆく『元禄繚乱』
・交友録—ブラボーな役者たち
・親として、子として
・新世紀到来—歌舞伎ッタの幕開け
・久世光彦、勘九郎を語る

その他情報

Other Information

art review 待ってました! 中村屋!「平成中村座」歌舞伎公演より(ライター・川口陽子:2004年7月)

 中村勘九郎と言えば、歌舞伎界きっての人気者。歌舞伎の枠にとらわれず、型破りな発想でつぎつぎと冒険を試みるやんちゃぶりが若者から中高年世代までファンの心をぐっとつかんで離さない。現代風の演出で話題をさらった渋谷・コクーン歌舞伎や夏の納涼歌舞伎、大河ドラマの主役に紅白の司会と、その活躍ぶりはじつに多才だ。2005年には十八代目中村勘三郎襲名をひかえ、押しも押されぬ歌舞伎界の大スターなのである。

 勘九郎さんは常々「ジャンルにこだわらず色々な人たちと一緒に芝居がしたい」と語ってきた。これをオペラのオペレッタになぞらえて「歌舞伎ッタ」と呼び勘九郎さんは一冊の本を書いた。今回はこの『歌舞伎ッタ!』(中村勘九郎著)の中からのエピソードを交えて、勘九郎歌舞伎の魅力を探ってみたい。

 ずうっと前から考えてたんだ。歌舞伎だけじゃなく、いろんな才能の人たちが集まって、一緒に芝居をやったら、素敵だろうなぁって。これ、俺はひとりで「カブキッタ」って呼んでいた。ほら、「オペラ」ってものがあって、それが少しくだけた「オペレッタ」っていうのがあるじゃない?だから、歌舞伎に対してのカブキッタ。(『歌舞伎ッタ!』中村勘九郎著より)

 今回、2004年7月8日〜10日のボストン公演で上演されるのは「連獅子(れんじし)」と「棒しばり(ぼうしばり)」。「連獅子」は、親獅子が子を谷底へ落とす試練と愛情の物語で、紅白の髪を振って獅子の親子愛を表す踊りが見どころだ。父、そして息子と三代にわたり子獅子、親獅子を演じてきた勘九郎さんにとって、「連獅子」は特別な思い入れがある。

 初めて父と「連獅子」を踊ったのは中学生の時。連日大入りの大評判を博したという。以来、評判の「連獅子」を毎年のように父子で演じてきたが、昭和61年、父・勘三郎さんの喜寿祝で踊った「連獅子」が最後となった。父はその2年後に亡くなったからだ。勘九郎さんはその時のことをこんな風に語っている。

 舞台稽古の時、なんかね、親父がしょぼくれて見えたんだよ。疲れてたんだろうね。「ああ、親父との『連獅子』もこれで最後かなぁ」って思った。それが初日になったらすごい!素敵なんだよ。最後だなんて、親父に失礼だったなぁって思うぐらいすごかった。それでね、千秋楽の日に大ゲンカになったの。うちの親父は「これが最後の『連獅子』だから、カーテンコールがしたい」って言い出した。それに対して俺は「嫌だ」って言ったんです。だって歌舞伎にカーテンコールってものはないし、当然誰もやったことがない。(中略)幕が下りたんです。そうしたらね、お客さんが「幕開けろ」って手ぇ叩いてくれたの、ホントに。歌舞伎座で初めてカーテンコールの幕が上がって、白い獅子の毛をつけたままの親父が、ひとり舞台の上で挨拶した。そうして袖にいる俺に手招きしてくれたの。もう、泣いたね。俺は。子獅子のまんまでボロボロ泣いた。(中略)あの時の親父はカッコよく見えたねぇー。(『歌舞伎ッタ!』中村勘九郎著より)

 時代は流れ、勘九郎さんは息子たちと『連獅子』を踊ることに。いつも父の背中を見ながら踊ってきた子獅子を卒業し、親獅子を踊るという感慨。親子三代にわたって『連獅子』を踊れることは役者冥利につきる幸せな瞬間だという。勘九郎さんにとって親子の絆を感じる『連獅子』。ボストン公演では七之助さんとの共演で、きっと素晴らしい獅子踊りを見せてくれることだろう。

 一方、もう一つの演目「棒しばり」は、二人の家来がご主人さまの留守中、大事な酒を飲まないようにと縛られる話。一人は両手を後ろ手に、もう一人は棒を肩に担いだ不自由な格好で酒蔵に忍び入り、酒を飲み、踊り興じるというコミカルな内容。歌舞伎を初めて見る人も、もちろんアメリカ人だって楽しめること請け合いの歌舞伎だ。

 話は変って海外公演について。勘九郎さんはこれまで数々の公演を海外で行ってきた。中でもアメリカは行く度に楽しい思い出ができる場所のようだ。METの楽屋には自転車が要るよ!MET(NYメトロポリタン劇場)に出るなら自転車が欲しい!楽屋から舞台に出るまでにくたびれ果てちゃうぐらい遠いんだもん。(中略)だってね、まず『熊谷陣屋』に出るでしょ。出番が終わって、堤軍次の格好で楽屋まで「エクスキューズ・ミー!」って突っ走って、次の『勧進帳』の義経の衣装をバアアっと早替わり状態でこしらえて、また「エクスキューズ・ミー!」って叫びながら、仮設の花道まで駆けていかなきゃ、間に合わないんだよ。(中略)そんだけ舞台裏が広いから、『アイーダ』なんかのセットを組めるわけで、劇場の構造としてはすごいけど、役者にとっちゃあ大変さ。「あ、いやーだ」だよ、ホント!
 
 それから向こうって、持ち場持ち場の線引きが厳しいんだよね。ユニオンだか組合だかに怒られちゃうから、役者は小道具一つ触れない。襖をスウッとタイミングよく開けるのだって、普段はお弟子さんがやったりするけど、METじゃあマッチョな大道具さんが、おっきな体を丸めて控えてるんだよ。いつもだったら、お弟子さんに「ハイ」とか、きっかけを合図するんだけど、その時は「オープン」「クローズ」。自分で言ってても「なぁに言ってんだよ」だね。やっちゃあいられませんよ!けど、さすがに慣れてくるとプロだよ。ピタッと呼吸を合わせてくれる。(『歌舞伎ッタ!』中村勘九郎著より)

 楽しいエピソードが尽きない海外公演。今回のアメリカ公演では、ボストンを皮切りにニューヨーク、ワシントンの三都市を巡る。2004年7月17日から25日までのニューヨーク公演では、メトロポリタンオペラハウス隣の広場に、江戸情緒たっぷりの仮設芝居小屋「平成中村座」を建て、串田和美さん演出の「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」を上演する。小屋ごと日本からもっていくという初の試みは、日本でも大変な評判を呼んでいる。芝居小屋には掘りごたつ風の桟敷もあり、客席の幅はアメリカンサイズで少し大きめとか。五軒長屋の売店、屋台も造りこまれ、江戸時代を再現したちょっとした江戸村がリンカーンセンターに出現する。芸術に目のこえたニューヨーカーたちもきっと面白がってくれる!と期待したい。(ライター・川口陽子)

 こんなことを書くと、歌舞伎好き、勘九郎さんファンの方には怒られてしまうかもしれませんが……誤解を恐れずに言うと、この本は「芝居小僧の夢」の物語です。抱き続けてきた夢を、夢に終わらせず、何年もかけて行動し、種を蒔き出会った人々を自分の夢に巻き込んで、話を聞いた人たちみんなにいつの間にか、同じ夢を見させてしまう男の物語とでも申しましょうか。

 さて、本書は1996年12月から1999年6月まで、演劇誌『ソワレ』で連載されたインタビューを再構成した聞き書きです。ひとり語りです。構成はライターの山上裕子さんが担当しました(1999年10月、最終取材あり)。実を申しますと、勘九郎さんのお会いしたときの第一印象は「あらま、せっかちで妙にノリのいい人だなぁ」といった驚きでした。同時に、歌舞伎通ではないわたしが担当になっても許してくださりそうな予感と共に、僭越ながら「この方なら、歌舞伎のことだけでなく、世間話もできそうだし、それを誌面に反映しよう」などと、少々の野心を抱いて連載が始まったのです。(後日談:「この恋に未来はあるの?」 といった読者の人生相談やら、「お風呂の入り方」「初対面の人のどこを見る?」などのあやしい質問にも、ちゃんと答えていただいて望みはかないました。もちろん本書にも収録)。

 ついでに白状すると、「歌舞伎界は格式があっておっかないところ」という先入観があったりして、多少恐れおののいてもいたのですが、皆さんとても寛大でしたし、しきたり知らずの編集者を待っていたのは、勘九郎さんの笑顔。これ、うそじゃなくホントのことです。お人柄に感謝するのはもちろんですが、連載開始直後、つぎつぎと以下のようなことが起きて、話題に事欠かなかったおかげもあるのかもしれません。

1.「ほぼ日」おなじみの野田秀樹さんとのワークショップ実現

2.アリゾナ・フェニックスに別宅を構えて、頭と体を休めることを実践

3.大当たりをとることになる現代劇『浅草パラダイス』に出演

4.コクーン歌舞伎第3弾を上演

5.NHK大河ドラマに出演

6.大河収録の合間に、日頃観ることのできない他の役者の芝居を数多く観劇

 上記以外に、歌舞伎にも出演なさっているわけですから、そちらでも当然、古典から新作まで、いろいろな試みをなさり続けていたわけです。いやはや。そんなこんな、新展開がわっさわっさと訪れて、取材のたびにニコニコと「ちょっと大変だよ、聞いてくれる!」状態の、語り部・勘九郎さんに対して「それでそれで?」とお伽噺をねだる子どものように、都合3年ほど付きまとい続けて出来上がったのが、本書というわけです。

 あ、大切なことを忘れていました。本書のタイトル『歌舞伎ッタ!』を見ると、たいがいの人は「歌舞伎ッタ???」という表情を浮かべます。で、一応説明。意味不明なのは当然、これは勘九郎さんの造語なのですから。「オペラからオペレッタが生まれたように、誰でもが楽しめる、親しみやすい歌舞伎」というのが基本の意味です(応用編もアリ)。言い換えると、勘九郎さんが長年思い描いてきた「いまに生きる歌舞伎」。もちろん現時点では、まだ世にお目見えしていません。

 最後に、特別付録的な「久世光彦、中村勘九郎を語る」があるのですが、中村勘九郎さんという役者をご存知ない方は、こちらからお読みになるといいかもしれません。自分が編集しておいて、こういうことを書くのは本来は反則なのですけれど。もちろん、できれば夢の実現までの軌跡をプロローグから読んでいただきたいというのが本音ですし、予備知識がなくとも、楽しんでいただけるよう構成したつもりなのですが……。その判断をくだすのは読者の方々ですものね。(ご意見をお寄せいただければ幸いです)。

 そして、「芝居小僧の夢」に、力に、すっかり取り込まれた者のひとりとして、この冒険のワクワク感をなるべくたくさんの方に共有していただきたいと願う編集者のひとり言を、夢見がちに終わらせていただきます。

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