ビジネス : 第43回 人工知能 その3

第43回 人工知能 その3

第43回 人工知能 その3
 人間が人間にとって脅威になっている。これがテロリズムだ。テロが日常になりつつある世界では、私たちの感覚のほうも正常ではなくなっている。本当は、人間が人間にとって脅威であるというのは、かなりおかしなことだ。仲間や友だちであってもいいはずなのに。他者から得るものがストレスだけ、という世界しかつくれないのだとしたら、人間の知能や知性とはいったいなんだろう?

 これまで見てきたように、ディープラーニングによってAIは人間の知能をほぼ忠実にシミュレートできるようになっている。人間の知能はコンピュータによって実現することができる。そのようにして実現される知能を、当の人間が脅威と感じている。人間よりも賢い知能が人間にとって脅威になる。これもまたおかしなことだ。

 テロリズムが脅威になることも、シンギュラリティが脅威になることも、ともに「おかしい」と言わなければならない。おかしなことを「おかしい」と言える言葉の場所をつくらなければならない。

 このASI(人工超知能)は、もっとも賢い人間の1000倍の知能を持っていて、人間の数百万倍、さらには数十億倍のスピードで問題を解く。史上最高の人間の思索家が寿命の何倍もの時間をかけないと進められなかったはずの思考を、たった1分で片づけてしまう。
(ジェイムズ・バラット『人工知能 人類最悪にして最後の発明』水谷淳訳 ダイヤモンド社)


 なるほど、それは結構なことである……となぜならないのか。そっちのほうがおかしいのではないか。史上最高の人間に思索家、私ならヘーゲルとかマルクスとかカントといった名前を思い浮かべる。古くはソクラテスやプラトン、新しいところではスピノザ、ニーチェ、フーコーといったところか。
いま名前をあげた人たちよりも何十倍か何百倍か頭のいい思索家が生まれて、何かすごいことを考えてくれる。どこが脅威なのだろう? どんどん考えてほしい。そうすれば人間はもっとよくなるだろう。

 コンピュータによって実現される人間の知能は、高速で無際限かもしれないが、一方で非常に限定的なものである。たとえば世界最高のチェス・プレイヤーを破った「ディープブルー」というコンピュータを開発したIBMは、1秒間に2億通りの駒の位置を評価するようなプログラムを組んだと言われている。そりゃあすごいと驚くこともできるし、だからなんだという話でもある。

 先に見たように、人工知能(Artificial Intelligence)は人間の脳を複雑な電気回路とみなすことによって、人間の知能を模倣してきた。仮に人間の脳を構成する300億のニューロンと100兆個のシナプスを、ナノテクノロジーを利用したコンピュータチップで置き換え、高性能のCPUに処理させれば、1秒間に1000兆回といわれる人間の脳の処理速度を上回る人工知能を作ることは可能だろう。

でもやっぱり「だからどうした」と言いたくなる。これを「賢い」ということにすれば、賢さにおいて人間はAIに敵わない。だからなんだ? こういう賢さって、そんなに偉いのか? 世界中が脅威を感じなければならないことなのか?

 人間の千倍の知能とか、数百万倍、数十億倍のスピードといった言い方が象徴しているように、AIが実現するとされている「賢さ」は数値化できる。数値化できるものだけを知能と考えれば、AIは人間の知能を遥かに超える。それだけのことである。逆に言うと、私たちがAIを脅威と感じるのは、数値化できる知能を至上の価値とする世界の仕組みがつくられつつあるからだ。

 金融市場を騒がせている高頻度取引(High frequency trading)を考えてみよう。高速トレードの世界は、すでに1ミリ秒の1000分の1の「マイクロ秒」を超え、そのまた1000分の1の「ナノ秒」の戦いになっていると言われる。もはや人間の介入の余地はない。高性能のコンピュータに売買の判断をしてもらうしかない、というような取引の仕組みを作ってしまった人間に問題がある。

こういう世界を生きている人たちが、AIを脅威と感じるのは当然かもしれない。あまりにも深く、大きく、強くAIに依存してしまっているからだ。ビル・ゲイツがAIの脅威を訴えるのは、彼が高速トレードに象徴される世界の勝者、数値化できる「賢さ」を競い合うゲームのチャンピオンであるからだろう。


 しかし株など売ったことも買ったこともない私のような者までが、AIを脅威と感じる理由はないはずだ。この脅威に根拠があるとすれば、数値化できる知能によってランク付けされるような世界に、私たち一人ひとりが編入されつつあるからではないだろうか。


 しばらく前の新聞にこんな記事が出ていた。今年(2016年)1月に中国政府が一人っ子政策を撤廃した。しかし誰もがすぐに自然妊娠できるわけではない。不妊に悩む中国人は4000万人ともいわれている。彼らのうちの富裕層が、生殖補助医療の盛んなカリフォルニア州に大挙して押し寄せることで、いま同州の遺伝子ビジネスが活況を呈している。2000人くらいの卵子提供者が登録していてアメリカ最大の卵子バンクでは、ウェブサイトで顔写真や人種、身長などの情報を閲覧できるらしい。アイビーリーグなどの一流大学出身者の卵子は高学歴の卵子はお値段も高いとか。冗談のような本当の話である。これが冗談にならないところに、私たちの世界の厭わしさがある。
いま世界は確実に、適者生存を原理とする1パーセントと99パーセントへ向かって再編成されようとしている。来るべき世界では誰もがコストパフォーマンスのよい身体への改変を望む。健康で、容姿が良く、身長もIQも高い……そうした欲望に見合うサービスを、遺伝子ビジネスや先端医療が提供してくれるということだろう。みんなが欲しがるサービスほど値が張る。まずはお金を稼ぐ必要がある。数字によって評価される世界で勝者になる必要がある。

 このように私たちの欲望が、生活する(=生存する)という本能的なレベルで、より賢い(=より強い)AIを作るというグローバル企業の欲望と同じ地平を走っているのだ。なぜ人間は競い合うのか。なぜ人は奪い合うのか。それはベジャンたちが考えるように、自己保存の本能として揺るがし難いものなのだろうか。

 人には「血糖を下げるホルモン」は、インスリン1種類しかありません。しかし、「血糖をあげるためのホルモン」は5種類も存在しています。ヒトの歴史が豊富な食料を前提にしていたわけではないため、低血糖で苦しむことを避けるための安全装置はいくつも存在したということなのです。
                      
(宗田哲男『ケトン体が人類を救う』光文社新書)


 人類の歴史が700万年とすると、穀物の栽培がはじまったのはせいぜい遡って1万年ほど前である。主食になったのはここ数千年のことだ。圧倒的に長い期間、ヒトは肉や果実によって命をつなぎながら、飢えの恐怖のなかを生き延びてきた。「飢餓」は人間の脳のデフォルトなのかもしれない。それを「本能」と言ってもいいが、いまだに飢えのトラウマにとらわれつづけているというのは、人間としては情けないことではないだろうか。

 AIの研究開発に携わる人たちも、いくら人間の脳を忠実に模倣するからといって、飢餓というデフォルトまで仕様に組み込むことはないのに。律儀というか融通が利かないというか、もっと臨機応変にやってもらいたいものだ。

そこで提案です。飢餓を知らないAIを作ってみてはどうでしょう。飢えの記憶がインストールされていない人工知能。欲望から解放された知性。競争も独り占めも略奪も戦争も知らない、おっとりして呑気で愉快なやつら。

 彼らにとって世界は恐怖の対象ではない。それは恐れるべきものではなく、味わうべきものだ。そんなAIを試作することができたら、これから人間はどうあるべきかを考える上で、一つの貴重なモデルになるはずだ。


●片山恭一(かたやま・きょういち)
1959年1月5日愛媛県宇和島市に生まれる。愛媛県立宇和島東高等学校卒業。
1977年九州大学農学部に入学。専攻は農業経済学。1981年同大学卒業、大学院に進む。1986年「気配」にて『文学界』新人賞受賞。1995年、『きみの知らないところで世界は動く』はじめての単行本にあたる。2001年刊行された『世界の中心で、愛をさけぶ』はミリオンセラーとなる。著作は最新刊の『なにもないことが多すぎる』(小学館)をはじめ、『船泊まりまで』 『生きることの発明』(ともに小学館文庫)評論『どこへ向かって死ぬか』(小学館文庫)『死をみつめ、生をひらく』(NHK出版新書)等多数。福岡市在住。
公式Webサイト:http://katayamakyoichi.com