ビジネス : 第36回 内包親族 その4

第36回 内包親族 その4

第36回 内包親族 その4
 天然の自然と人工的な自然、いずれも森崎さんの言い方では「外延的な自然」である。天然自然のなかには人体や私たちの生命も含まれる。一方、人工的な自然のなかには、天然自然に人間が手を加えることによって作り出された全プロダクトが含まれる。

したがって外延的な自然とは、人間の経済活動の総体、すでに商品化されているか、潜在的に商品化が可能なものすべて、さらには自己から家族、国家へと至るあらゆる共同幻想である。宗教も天皇制も民主主義も外延的な自然である。

 こうした外延的な自然から内包自然が浮かび上がってくる過程を、内包親族論は「歴史」ととらえる。過去の歴史の全過程を、内包自然の前景化を準備するための「前史」と考える。

 わたしたちは内包存在を存在の原基とすべき時代にきているのではないか。根源の性を分有する分有者を世界の基点にすべきではないのか。
(森崎茂 ブログ『歩く浄土』65)


 短い引用のなかに、「内包存在」「根源の性」「分有者」と、オリジナルな用語が三つも並んでいる。少しずつ見ていくことにしよう。

 まず「根源の性」と「内包存在」は、ほとんど同じ意味である。これまでの文脈に沿って言えば、私たち誰もが「わたしがわたしでありながらあなたである」という場所をもっている。だから私たち誰もが「内包存在」であると言える。

しかし私が私であることにおいて、自分が内包存在であることを意識することはない。なぜなら私が私であることと、「わたしがわたしでありながらあなたである」ことは矛盾するからだ。A=AとA=Bは同時には成り立たない。A=Aの世界ではA≠Bでなくてはならない。自同律と矛盾律の貫徹した世界、その世界を生きる者たちの臆面もない自意識の表明が「私以外私じゃないの」である。

 たしかにテロと空爆に曝されたグローバルな環境において、コストパフォーマンス的には最適のものと言えるかもしれない。でも「私以外私じゃないの」では恋は生まれない。孤独と空虚。だからスマホで没我なのか。だがしかし、そんな彼や彼女でもセックスくらいはするだろう。しないのか? してほしい。する、ってことにして話を進める。

うっかり子どもが生まれる。おい、そこのきみ、もはや「私以外私じゃないの」とクールに達観している場合じゃないぞ。なにしろ子どもだ、赤ん坊だ。糞もすれば病気もする。私以外が、私以上にのさばりはじめるのだ。多くの人は、なぜかそのことを受け入れる。是として生きている。のみならず、快感さえおぼえているようだ。他人から見れば可愛くもなんともない赤ん坊の写真を、何枚もフェイスブックにアップしたりして。バカヤロー、と胸のなかで毒づきながらも、そんなきみが私は好きだ。

 さらにこれまで見てきたように、世界中の恋人たちは「わたしがわたしでありながらあなたである」という場所をめざしているフシがある。無数のペアが様々な言い方で、自分だけのその人に向けて、「わたしがわたしでありながらあなたである」ことを表白しているはずだ。言葉に出して言わなくても、そのような場所を生きることへの願望、無意識の希求があるから、今日も世界中で何万、何十万のバガボンド同士が生涯の契を結ぶのである。

 これだけ多くの事柄が、私たちが内包存在あることを傍証しているのに、なぜか人間はそのことを認めようとしない。それほどまでに私という自己を基盤にした同一性の縛りは強固なのだ。この縛りをほどくために、森崎さんは「根源の性」という言葉をもってくる。

 そのことに気づくとか気がつかないということとはなんの関係もなく、ひとのいちばん深いところに無限小のものとして根源の性はひそんでいるのだ。ひとは根源において〔性〕であるということが内包の知覚のいちばん根っこにある。
(森崎茂 ブログ『歩く浄土』55)


 無限小とはいえ存在する、だが無限小だから気がつかない、という言い方で、外延的な自然と内包自然のねじれを解きほぐし、二つのものを連結させようとしている。これまでの外延の歴史を、これからの内包の歴史に接合させようとしている。

 自己という意識に先立って、誰のなかにも内挿されている「根源の性」の内実は、「わたしがわたしでありながらあなたである」というものだ。これを思考の慣性として自己の側から象れば、「根源の性を分有する分有者」という言い方になる。

窮屈な自己意識のかわりに「根源の性を分有する分有者」という意識を据えればいいじゃないか、と内包論は考える。そうすれば、この世界を生きることがもっと楽しくなる。呪詛するしかない世界に、肯定し、寿ぐべき世界を上書きできる。明るい気分で、私たち一人ひとりが、現にある世界を享受できる。

 なぜなら、「根源の性を分有する分有者」という意識において、悪は不可能になるからだ。死んでいく者が残される幼い者に向かって、「また会おうな」と言いうる場所。死に分かたれようとしている二人が、「またわたしを見つけてね」「すぐに見つけるさ」という言葉を交わしうる場所。

そこにはどんな悪も入り込めない。入り込む余地がない。誰もがそこでは、「わたしがわたしでありながらあなたである」からだ。いったい誰が誰に悪をなすというのか。無理です。悪をなすことがいけないのではなく、不可能である。禁止もなければ侵犯もない。ただ、ひたすら善でしかありようがない場所。

 小説のなかの美しい挿話ではない。私以外を私以上ののさばらせてしまう、その場所がまさにそうなのだ。このあいだまで見ず知らずだった赤の他人に、「おれよりも大切なおまえ」などとたわけた愛の言葉を囁いてしまう、その場所もまたそうなのだ。

誰でも知っている。誰もが知らず知らずのうちに、そこを生きている。生きていながら気がつかない。一時的な気の迷い、錯乱だったと考える。あんなことを言ってしまったおれ、あのときのおれはどうかしていたんだ。どうもしていないって! あんたのなかに眠っていた「根源の性」が、一瞬だけ膨らんだのだ。

 どうして気の迷いや錯乱と考えるのだ。この世界でいちばん美しく、いちばん価値ある瞬間を、どうして貶めるのだ。気の迷いや錯乱で、家族が何万年もつづいてきたというのか。私以外を私以上ののさばらせてしまうのは、相手が糞もすれば病気もする赤ん坊だからなのか。

私は違うと思う。全然違う。みんな望んでいるのだ。それが最上のものであることを知っているのだ。どんなに長く生きたところで、それ以上のものには出会えないことを、誰もが生まれたときから知っているのだ。知っていることを知らないことにして、これまで人間はやってきた。ただ、それだけのことである。

 本当は、私以外を私以上にのさばらせたり、「おれよりも大切なおまえ」という感情に襲われたりという絶対の矛盾から、人間という現象は生まれてきたのかもしれない。A=AでありながらA=Bであることが、ヒトを人にしたのではないだろうか。

最初の出来事は絶対の矛盾だった。矛盾が起こったから、人というOSが立ち上がった。今日、病理的な眼差しで「統合失調症」とか「認知症」とか呼ばれている人たちは、こうした矛盾を常態として生きている人たちではないだろうか。

 なるほど。さすがに「おれよりも大切なおまえ」のままで人は生きることはできない。私以外を私以上にのさばらせることも、ほどほどにしておかなければならない。そうした余儀なさは、あっただろう。生存しつづけるための余儀なさとして、人間は自己を起点として歴史を重ねてきた。そのことを「自然」として受け入れてきた。森崎さんの言う外延的な自然である。この自然は、これまでもこれからも、自然としてありつづけるだろう。では何が、どう変わるのか?

 わたしたちの生命形態の自然をもっとおおきな概念のなかにひらくこと。それは同一性の自然が消えてなくなるということではない。地動説が自然であっても太陽は東から昇って西に沈む。〔わたし〕という現象もおなじなのだ。
(森崎茂 ブログ『歩く浄土』70)


 無理のない言い方だと思う。否定ではなく拡張である、という内包論の音色の良さがよく出ている。自分は静止し太陽や月や星々が動いている、という実感は実感として、地動説によって宇宙のイメージすることに、今日の私たちはなんの矛盾も感じない。

同じように内包論では、外延的な自然と内包自然の両方が、拡張された「自然」として受容される。するとモナドとしての自己があり、二つの自己がペアとして家族をつくり、親族や氏族が拡大して国家や民主主義が生まれ、という自己同一性からはじまった外延的自然の歴史は、ちょうど天動説から地動説への転換が起こったようにして、内包存在を基底に据えた新しい歴史のなかに包摂される。

同時に、IT化されたグローバル経済と分子記号レベルの生権力によって平定されようとしている世界は、天動説に基づく宇宙観に比定される、非常に狭い、時代の制約を受けたものとして背景に退く。

 内包論が提示する新しい世界のなかでは、共同性はあたかも、比喩として言えば親族のようなものとしてあらわれる。なぜなら、この拡張された世界とともにある内包存在としての私は、「わたしはわたしでありながらあなたである」ことを享受するために生まれたからである。

その場所を生きるために自己なるものが立ち上げられ、またそのようなものとしてある固有な生を存分に味わうために、悲しみや寂しさを含む人間的感情は生まれた。そのことに気がつくと、自己のベクトルは逆転する。私は外延的な自然ではなく、内包自然へ向かって生きはじめる。


●片山恭一(かたやま・きょういち)
1959年1月5日愛媛県宇和島市に生まれる。愛媛県立宇和島東高等学校卒業。
1977年九州大学農学部に入学。専攻は農業経済学。1981年同大学卒業、大学院に進む。1986年「気配」にて『文学界』新人賞受賞。1995年、『きみの知らないところで世界は動く』はじめての単行本にあたる。2001年刊行された『世界の中心で、愛をさけぶ』はミリオンセラーとなる。著作は『船泊まりまで』 『生きることの発明』(ともに小学館文庫)評論『どこへ向かって死ぬか』(小学館文庫)『死をみつめ、生をひらく』(NHK出版新書)等多数。福岡市在住。