「お別れね」と彼女は言った。「でも、悲しまないでね」
ぼくは力なく首を振った。
「わたしの身体がここにないことを除けば、悲しむことなんて何もないんだから」しばらく間を置いて彼女はつづけた。「天国はやっぱりあるような気がするの。なんだか、ここがもう天国だという気がしてきた」
「ぼくもすぐに行くから」ようやくそれだけ口にすると、
「待ってる」アキはいかにも儚げに微笑んだ。「でも、あまり早く来なくていいわよ。ここからいなくなっても、いつも一緒にいるから」
「わかってる」
「またわたしを見つけてね」
「すぐに見つけるさ」
(片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』小学館)
親の子であるわたしは家族の一員である。これは自然です。この家族をかりに天然家族と呼んでみる。あるとき未知の他者に惹かれ対をなし、子の親になるのは自然か。血縁からいえばこの親子は自然です。ではもともとは赤の他人である夫婦は自然か。こうやって順次、そのつど、一対の天然ではない自然をふくみながら家族は連綿としてつづいていきます。家族が連続するごとに一組ずつ未知の他者が組み込まれます。わたしたちはこのことを自然として受容していますが、ほんとうにそうでしょうか。ここでわたしが自然とみなすものは外延的な自然ということです。わたしは血縁を介さないある個人がべつのある個人と出会い対となるのは内包自然だと思います。
(森崎茂 ブログ『歩く浄土』33)