ビジネス : 第6回 能力不足でとうとう戦力外サラリーマンに転落

第6回 能力不足でとうとう戦力外サラリーマンに転落

第6回 能力不足でとうとう戦力外サラリーマンに転落
 記者を辞めて飛び込んだPRコンサルティング会社は、広告業界でも野心的な存在として知られ、同業他社が苦戦する中でも成長し若い人も一丸となって働いていました。
 一方、私は付いていけずに焦りを募らせるばかり。見かねたベテランの先輩社員が「野球選手がサッカーを急にやるようなもの」と励ましてくださいましたが、愚かしいことに私は、「知識さえつけばなんとかなる」と短絡的に考え、休みの日に有名ビジネススクールの単科講座に通学します。
 結局ストレスを蓄積するだけで、ますます精神的に追い詰められていきました。やがて通勤途中にめまいを起こして入院。その後も一時的に復帰しますが、長続きせず、二度目に倒れ、心療内科で「適応障害」と診断されてしまったのは、先述した通りです。
 ここまで書いた内容を見ると、現役の新聞記者の方から「それは職業や業界のせいではなく、おまえ個人の能力不足の問題だろう」とお叱りを受けそうです。もちろん全てが業界のせいとは思いません。転職先の社長にも退社後「資質的にサラリーマンに向いてなかったんじゃないか」と苦笑されてしまいました。私個人の根本的な問題に帰結はします。
 しかし、新聞記者を辞めたくても他の仕事に就けない人が多いのは客観的な事実です。なぜなら記者業務は、一般の企業で働けるだけの市場性のあるスキルを持ち合わせいないからです。その点は、私に批判的な記者の方々も反論できないのではないでしょうか。
 30代後半に辞めた私は珍しいので、実際に現役の記者さんからしばしば転職相談を受けます。しかし私が「上から目線の言動を改める自信はあるか?」「エクセルやパワーポイントは使えるか?」「新しいことに柔軟に学ぶ気概はあるか?」と尋ねると、大抵の方は「辞めておくよ」と苦笑い。永田町や新聞業界の噂話の情報交換に話題が戻っていきます。
 さて、二度のダウンを経て、長期の休みをいただき、体力も戻ってきた私は復職させてもらうかどうか大いに悩んでいました。
 自分自身が職場に戻って、人並みの社会人としてまた生き生きと働くことができるのか、自信が揺らいでいたこともありますが、それ以上に役員の皆様の期待を裏切り、会社に迷惑をかけたことに自分の力不足を呪いました。
 元野球記者である私の脳裏には、鳴り物入りで日本球界入りし、ほとんど活躍できずに戦力外になった何人かの元大リーガーに自分を重ねていました。その頃は私もビジネスや経営の知識だけは記者時代より格段に増えていましたので、「投資」という観点でみると、いかに自分が何の生産(リターン)もしないどころか会社のリソースを消費するだけの存在になっていることを痛感します。
 年収も新聞社時代よりダウンしたとはいえ、病気で倒れる前は月給ベースではさほど変わらない待遇をいただいていたので、心苦しいばかり。明らかに即戦力ではない、しかも単に記者経験で少しメディア側の視点を持っているというだけの自分のために、役員のみなさんが真剣に検討して受け入れてくださり、最新のマーケティングメソッドを仕事を通じて学べる機会を得たのに……。
 このとき選択肢として、会社に投資を回収してもらうため、私が職場復帰して従前の2倍、3倍は働いてメディア露出等で貢献することは「王道」でした。しかし一方で、前述の通り、私は一般的な会社組織で働くには不適合な部分がありました。これを克服できるのかどうかよく検討しなければなりません。
 結局、私が出した結論は「これ以上、迷惑はかけられない」。私からお願いして一度、辞めさせていただくことにしました。前職になった会社のみなさんには今でも恩義を感じています。退社後いくつかの案件をフリーの立場からお手伝いさせていただいていますが、まだまだ不十分。大型案件を私からご紹介して恩返しをしたいと思っています。

【人生を棒に振らないための教訓 その4】
転職は慎重に。会社にしがみつくのも立派な選択。
 評論家の常見陽平氏が広めた言葉に「意識高い系」があります。ネット上で自分の経歴や人脈を“盛って”見せ一見すごい言動をしているようで、実態と行動力が伴わない人のことです。特に残念な人を指して「意識高い(笑)系」と認定することもあるようです。
 後先を考えず、佐々木俊尚氏が提示するようなインターネットの可能性を過信し、自分も時代の転換点で何かできるかもと野望を抱いた私はまさに新聞社内の「意識高い系(笑)」でした。たしかに衰退業界で汲々とする人生はつまらないかもしれませんが、組織を飛び出し異業種でそれまでと同等に成果を出すのは甘くありません。ある転職サイトのキャッチコピー「転職は慎重に」。実に意味深で、言い得て妙だと思います。

●新田哲史(にったてつじ)
言論プラットフォーム「アゴラ」編集長/ソーシャルアナリスト
1975年生まれ。早稲田大学卒業後、読売新聞東京本社入社。地方支局、社会部、運動部で10年余、記者を務めた後、コンサルティング会社を経て2013年独立。大手から中小ベンチャーまで各種企業の広報や、政治家の広報・ブランディング支援を行う。本業の傍ら、東洋経済オンライン、現代ビジネス(講談社)で連載。ブロガーとしてアゴラ、ブロゴス等に寄稿しており、2015年10月からアゴラの編集長を務める。