ビジネス : 第4回 佐々木俊尚、渡邉正裕両氏に“煽られる”

第4回 佐々木俊尚、渡邉正裕両氏に“煽られる”

第4回 佐々木俊尚、渡邉正裕両氏に“煽られる”
 「新聞業界は自分が定年を迎える2030年代、もう絶滅寸前になっているのではないか」。そう不安になる私を追い討ちした決定打と体験が3連発も発生します。
 1発目は週刊ダイヤモンド。2007年の9月22日号で「新聞没落」という特集を組み、以後、ビジネス誌で同様の記事が載るようになります。マスコミ業界で最も権威のあったはずの新聞業界の凋落が堂々と大手誌で論じられたこと自体が衝撃でした。
 2発目は佐々木俊尚氏の著書との出会いです。彼の存在を知ったのは2006年、私が社会部配属直後に村上ファンド事件の取材班に入った際、参考文献として「ヒルズな人たち IT業界ビックリ紳士録」(小学館)という起業家の生き様を描いた本を読んだ時でした。
 その折は毎日新聞社会部で警視庁担当もした事件記者出身のフリージャーナリストという程度の認識でしたが、事件取材を機にネット業界やベンチャービジネスに関心を持った私は、その後も「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」 (文春新書)、「グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する」 (文春新書)、「電子書籍の衝撃」(ディスカヴァー携書)など氏の著作を愛読するようになります。
 佐々木氏は2000年代後半にかけてアメリカの事例を元に、新聞を始めとする既存メディアがネット時代の波に呑まれていく様子をこれでもか、これでもかと論じていきます。その極め付けは「2011年新聞・テレビ消滅」(文春新書)。この本が出されたのは2009年ですが、アメリカ国内の多くの新聞社が倒れた2008年が「新聞滅亡元年」だとし、「いままでもそうだったように、アメリカのメディア業界で起きたことはつねに三年後に日本でも起きる。すべては約束された宿命なのだ」と断じます。折しもその「三年後」である2011年はテレビの地上波デジタル完全移行が予定されていました。
 「ネットによる社会変革」への向き合い方について、佐々木氏の著書で「理論」として学んだとすれば、「実践」を見せつけられたのが、ジャーナリスト渡邉正裕氏。ご承知の人も多いと思いますが、日本経済新聞社の記者を数年で辞め、IBM系のコンサル会社を経てニュースサイト「My News Japan」(MNJ)を起業。会員制課金収入のサイトとして異例の成功を収め、ご本人も雇用問題を中心に生活者・消費者視点からタブーなき記事を書いている異色の“起業家ジャーナリスト”です。
 新聞業界への将来を抱いていた私にとって、この渡邊氏との出会いが3連発目の決定打となりました。
 渡邊氏とは共通の知人を介して知り合い、たまにやり取りさせてもらいました。MNJが新聞業界の暗部を容赦なく書いていることもあって、表立ってのお付き合いは控えていましたが、新聞記者出身で起業家として成功している人が身近にいなかったので、彼の記事はよくウォッチしていました。
 渡邊氏の言説で目を引くのは、市場性のあるキャリア構築を推奨していた点です。
 ジャーナリズムやNPOのように、やりがいがあっても儲からないはずの仕事や事業に、いかに持続可能性をもたせるかを追求しています。ゼロからニュースサイトを起業し、会社員時代を大きく超える稼ぎを自ら実践しています。
 その彼が「市場性のあるスキルに欠ける職業」として真っ先に挙げるのが新聞記者です。彼に言われるまでもなく、新聞記者は聞き書きする能力しかないので転職したくてもつぶしは効きません。すでに業界の先行きに不安を募らせていた私は、こんな危機シナリオを“妄想”していました。
 「さすがに読売新聞は潰れることはないだろう。しかし広告収入の減少がさらに続き、2020年代には新聞を愛読する団塊世代が平均寿命(80歳くらい)を超えると頼みの綱のシニア世代の購読もあてにならなくなる。その頃、自分は50代。もし会社がリストラに踏み切った時、大新聞社に護られてビジネスの知見もないまま50代になった自分は社会の市場原理の中で生きていけるのだろうか……」
 今となっては、ずいぶんと滑稽なほど悲観的ですが、それにしても佐々木俊尚、渡邊正裕両氏の言説を真に受けてしまった側面はありました。この本を書いているのは2015年。佐々木氏が“予言”したように主要新聞社、テレビ局は崩壊していません。
 もちろん、新聞業界が構造不況であり、かつての石炭産業が役目を終えていったように、百年単位で見れば紙を主体とするビジネスモデルが崩壊に向かっている方向性は確かです。実際、リーマンショック直後には、ボーナスの手取りが入社2年目よりも減少するという年功序列の会社で初めての体験をしたことで「新聞滅亡」に変なリアリティーを感じてしまいました。
 一方で、日本はアメリカのように全国紙や県紙クラスの新聞社倒産や大リストラが起きて、記者が失業して糊口をしのいでいるような話はありません。というのも、強固な販売網を張り巡らせた新聞大国は世界でも珍しく、欧米とは異なる形態でインターネットとメディアの融合が進む、というガラパゴスシナリオになりそうな気配すらあります。その意味ではもっと冷静に考え抜く余地はあったと反省しています。

【人生を棒に振らないための教訓2】
先のことは誰にも分からないから、偉大な先輩の言葉であっても鵜呑みにしない。
 先の見えない時代で軽率な判断をしないためには、どうするべきか。大学時代の放送研究会の後輩で、チャットアプリ「LINE」の仕掛け人である舛田淳君(現LINEミュージック社長)が「先のことは誰にもわからない」と語っているのが印象的です。これはサービス開発のエピソードで彼が講演やメディアの取材に対し、机上の空論よりもやってみた結果の数字に従って改善をしていくという意味なのですが、毎年のようにリーディングプレイヤーが入れ替わる業界で結果を残せる極意はこのあたりなのでしょう。
 私のような凡人は「あの偉大な先生がこう話していた…」「そのジャーナリストの取材によると…」と、著名人なり、身近に起業や独立で成功した人の言説につい左右されてしまいますが、それを鵜呑みにせず、冷静に検証することも先が見えないからこそ必要だと思います。

●新田哲史(にったてつじ)
言論プラットフォーム「アゴラ」編集長/ソーシャルアナリスト
1975年生まれ。早稲田大学卒業後、読売新聞東京本社入社。地方支局、社会部、運動部で10年余、記者を務めた後、コンサルティング会社を経て2013年独立。大手から中小ベンチャーまで各種企業の広報や、政治家の広報・ブランディング支援を行う。本業の傍ら、東洋経済オンライン、現代ビジネス(講談社)で連載。ブロガーとしてアゴラ、ブロゴス等に寄稿しており、2015年10月からアゴラの編集長を務める。