ビジネス : 第11回 ネズミがかじった服[ジャータカ87] その1

第11回 ネズミがかじった服[ジャータカ87] その1

第11回 ネズミがかじった服[ジャータカ87] その1
 昔、マガダ国のラージャガハに身分の高いバラモン階級の男の家があった。たいへん裕福で、召し使いもたくさんいてぜいたくな暮らしをしていた。この家の主人は迷信深く、吉凶を衣服によって占った。

 ある日のことであった。主人は髭を洗ってさっぱりしたところで、しまっておいた真新しい衣服を着ようとした。そこで、召し使いにその衣服を出してくるように言いつけた。召し使いは言われたとおり、衣服のしまってある箱を開けた。ところがその衣服は、ネズミにかじられて着ることができないほど傷んでいた。
 召し使いはすぐに主人に報告した。

「ご主人さまのおっしゃった服は、ネズミがかじってひどく傷んでおります。お召しになるのは無理かと存じます」

「すぐ、それをここへ持ってこい」

 衣服によって吉凶を占う主人は、それがネズミによってどのようにかじられているのか、心配になった。

 ――吉であればよいが、凶であれば、これはたいへんなことだ。

 召し使いは、ネズミにかじられた衣服を恭しくささげ持ってきた。

「そこへ置け」
 主人はそう言って、ネズミにかじられた衣服をじっとながめた。

「ウーン」
 主人は腕を組み、ネズミのかじった部分をいろいろな角度からながめた。ながめながら、主人の顔はしだいに曇っていった。

「これは大変だ。凶と出たぞ。これをこのまま家の中に置いておけば、必ずこの家に災難がふりかかってくるであろう。これは、この家にとって誠に不吉なものだし、言ってみれば、災いの神がここにいるようなものだ。これに触れる者はすべて、必ず災難に遭うだろう」

 みんなは、主人の言葉に恐れおののいた。

「これをひとときもこの家に置いておくことはできない。すぐに捨てよう。しかし、その捨て場所だが……」

 主人はしばらく考えた。
 ――どこへ捨てたところで、その捨て場所の近くの人はたいへんな災難に遭うだろう。それならばだれも近づかない墓場にこれを捨てよう。墓場ならそばに家はないし、むやみにだれも近づかないだろうから、災難も起こらないですむ。

 そう思ったまではよかったが、
 ――ところで、これをだれに捨てにいかせるか……。

 主人はまた頭を抱え込んだ。この不吉な衣服を捨てにいかせるのに、だれかれなしにというわけにはいかないのだ。というのも、その服に触る者は必ず災難に遭うと信じていたからだ。

「召し使いに捨てにいかせてもいいのだが、もし途中で欲を起こして、それを自分のものにしてしまおうと考え、災難に遭うことになったら大変だ。この家にまで災難が及ぶ。となれば、適当な者は息子しかいない」

 主人は一人そうつぶやくと、息子を呼びつけた。主人は息子に詳しくいきさつを話して頼んだ。

「そこでだ、お前もこれに手を触れてはいけないから、つえの先にでも引っかけて、墓場へ捨ててきてはくれまいか」

「捨てた後、頭のてっぺんから足の先まできれいに体を洗い、そしてもどってくるのだ。体にくっついている汚れを、きれいに洗い流してくるんだぞ」

 主人は息子に何度も言い聞かせた。息子は言われたとおりに、衣服をつえの先に引っかけて墓場へ行った。するとそこに、一人の修行者がじっと立っていた。息子はその修行者のことは別に気にもかけず、つえの先にひっかけていた衣服をぽいと捨てた。

 それを見ていた修行者は、息子に尋ねた。
「お若い方、あなたはそれをどうするのですか」

「ご覧のとおり、ここへ捨てるのです」
 息子は修行者の顔をながめて答えた。

「どうして」

「どうしてって、これはネズミのかじった服です。これに触るとひどい災難がふりかかってくるので、わざわざここへ捨てにきたのです」

「そうですか。余計なことを聞いてすみません。あなたの思いどおりに、どうぞ捨てなさい」

「ああ、あなたに言われなくても捨てますとも」

 息子は少しむっとした様子で、捨てた衣服を足でぽいとけった。

「捨てなさったか」

「捨てましたとも」

「そうですか、それなら、これはもうあなたのものではないということですね」

「捨てたのですから当たり前のことです」

「それならこれを拾わせていただこう。これはまだまだ使えるのに、もったいないことだ」

「えっ、これを拾って使う。それはやめたほうがいいですよ。災難のもとを拾うようなものなのですから」

 しかし、修行者はにっこり笑って衣服を拾い上げた。
「ありがとう」

 修行者はそう言い残してすたすたと去っていった。このことを息子から聞いた主人は、慌てて尋ねた。

「その修行者は、どちらへ帰られた」

「ラージャガハの中に住んでいらっしゃる方だと思います」

「その修行者はきっと災難に遭う。そうなれば我々も非難されることになるだろう。別の服を施して、あの服をすてさせなければ……」

 主人はすぐに新しい衣服を用意させると、それを持って修行者の所へ駆けつけた。
「もし、先程わたしの息子が捨てた服を拾われたというのは本当ですか」
 主人は息せき切って尋ねた。

「本当ですとも」

「本当だとおっしゃるなら、すぐそれをお捨てください。あれは不吉なもので、あれに触れると必ず災難に遭うと、わたしの占いに出ております。あなたが災難にお遭いになるだけでなく、あなたにかかわるすべての人たちに災難がふりかかるのです」

 修行者はその言葉を静かに聞いていたが、主人が話し終わると、諭すように言った。
「我々は、そのようなことにとらわれないのだよ。正しい教えを聞き、その教えに従っている者には、吉凶など関係のないことだ。そのようなものにとらわれていると、本当に大切なものを見失ってしまい、迷いのやみの中へ、どんどん落ち込んでいくことになる。真理の光に照らされて迷いのやみを打ち破ることこそ、本当に大切なことだと気づかなければいけない」
 そしてこのバラモンのために、うたを唱えた。

 人相手相 夢占い
 種々の迷信 はびこるが
 迷信を超え 苦しみの
 もとなる迷い 煩悩を
 断つ努力こそ 根本事
 目覚めよ真の 問題に

 主人は、修行者のその言葉に胸を貫かれたように感じた。
「大切なことを見失ってしまう……、真の問題……」

 主人は今までのなにかが、心の中で崩れていくような気がした。
 ――今、その大切なものに出会わねば、取り返しがつかなくなる。
 そう思うと、もう矢もたてもたまらず、修行者の前にひれ伏した。
「真実の教えを、どうぞわたしにも聞かせてください」
 主人はそう叫んでいた。
[訳 中川 晟]

占いは、迷いの一丁目

 経営者に限りませんが、トップは孤独なためか、占いなどをあてにする人がかなりいることも事実です。また神社や寺などに、自分の願いだけを祈願する人はあとを絶ちません。

私の知るある事務用品チェーンの社長は、快活で大変お人柄の良い方でしたが、妙な祈祷のようなものをやりだし、因果関係ははっきりしませんが、経営は暗転してゆきました。

 この世の真実は魂の修行(=絶え間なく学び努める)であり、一人ひとりの前に現れている事象は、その人のレベルに応じて現れているのです。

また、「思う通りにならない」のが真理であって一寸先は絶対にわからないのですから、こうしたことは無駄ですし、自己暗示にかかって振り回されるだけですから、一刻も早く止めた方が良いです。

 原始仏典の一つ、「スッタニパータ」小なる章の第、正しい遍歴の第360詩に、次のような言葉があります。

 師はいわれた、「瑞兆の占い、天変地異の占い、夢占い、相の占いを完全にやめ、吉凶の判断をともにすてた修行者は、正しく世の中を遍歴するであろう。
(『ブッタのことば』中村元訳、岩波文庫、一九八四年)


※この連載では元エリート銀行マンの禅僧・生田一舟氏が、釈迦の前世物語集「ジャータカ」に収録された仏教説話の中から、ビジネス・経営に生かせるものをセレクトし、わかりやすく解説します。本連載の記事はすべて『ブッダに学ぶ賢者のマネジメント ――経営者、リーダーに贈る仏教説話』に収録されています。



生田一舟(いくた いっしゅう)

昭和四十二年生まれ。平成二年、三菱信託銀行入社。以降、東京・大阪・福岡で法人融資畑を歩む。平成十五年、働きながら、臨済宗系寺院で坐禅修行を始める。平成十九年、三菱UFJ信託銀行 経営企画部CSR課長(企業の社会的責任統括部署)に昇進。平成二十四年四月、臨済下四十五世・白隠下十世・金毛窟、法岳光徳師のもとで得度。平成二十五年四月、三菱UFJ信託銀行退職。臨済宗 伊豆小室山禅堂堂長。一般社団法人 日本災害救援活動士協会 災害救援活動士指導員。明治神宮武道場至誠館門人、生田神社雅楽部員、昭和六十三年・西宮戎神社福男。お金の研究者として、「禅とマネー」「親子で学ぶお金の話」「仏教の経営への生かし方」などの講演活動も行なう。著書に『禅とマネー』(小社)。
臨済宗 伊豆小室山禅堂 ホームページ izu-komuroyama-zendou.com
一般社団法人 日本災害救援活動士協会 ホームページ www.j-dsa.org